2011/年の瀬/京都祇園・東山/奈良・橿原磐余池堤跡

年が明けました、皆様お元気で幸多き年となりますように。

今年もよろしくお願い申し上げます。

ところで、先回のブログの続き、先日、近鉄電車に乗って大和八木経由で京都に行った。

久々の京都駅、15年ほど前に国際指名コンペで選ばれた原広司の設計によるものだ。当時は古都、京都の景観論争にも発展した話題作だと記憶している。

見慣れてしまったのか、時が経つとあまり違和感はない。

Img_7351 京都駅

今回は、京都観光のスタンダードコースの一つ、「祇園・東山エリア」を散策した。

年の瀬というのに、清水寺周辺は人車でごったがえしていた。坂の風景は昔と変わらず、やはり素晴らしい。昔と比べて違うのは、中国人観光客が多くなったことぐらいだろうか。

Img_7360  京都、産ねん坂

久々に八坂神社・円山公園・知恩院・経由で祇園白川、切り通しの方に歩いていった。

祇園白川付近は、映画のセットの一場面にいるような風情だった。感動。高瀬川も同様、川とその周辺の建築群も綺麗なのだ。

Img_7383 祇園白川

祇園の「目やみ地蔵、仲源寺」にお参りしてから、四条河原町、先斗町の小道を歩いた。

ここは京の花街で、夜は一層華やかな雰囲気になるところだ。

ふと気になって、小道の幅を計ってみた、歩くたびに、遊歩道としていいスケール感だと思っていたので。。。ちょうど一間、1820だった。ヒューマンスケールなのだ。

Img_7388 先斗町の小道

京都散策の後、実家に立ち寄って、翌日、藤原京跡地経由で、磐余池堤跡とみられる発掘現場に行った。行ってみると、そこは以前、時々山菜とりに出掛けた場所だった。

実家から、自転車で20分程度で着いた。

偶然、調査員の方がいらっしゃたので、ここが磐余池堤跡、発掘現場であることを確認しようと思って声をかけた。ここが発掘現場であるとの返答と、親切にも簡単な発掘現場の説明もいただいた。

以前、時々山菜とりに出掛けた丘は、磐余池の中島(出島)として借景となっていると推測されるとのことだった。

磐余池堤跡、発掘現場は、その時、ブルーシートに覆われ、周囲を仮囲いに囲われて、みれなかったの残念だったが、自然の地形をいかした当時の磐余池のイメージは、現地に立って周囲の地形を見れば、一目瞭然に想像できた。

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ブルーシートに覆われているところが、磐余池堤跡、発掘現場。やや左奥の小高い丘の左右に池が広がっていた

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磐余池堤跡、発掘現場より借景となった小高い丘を望む(自筆スケッチ)

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2011の暮れに・まったく光陰矢の如し

久々のブログ更新。今年の暮れにプログで書き留め忘れたことを徒然に記録しておこうと思って、筆をとって(マウスをとって)みるが、2、3カ月も前のことは、どうも新鮮さがなくて筆が折れてしまう。

JIA愛知地域会の足助での素材を訪ねる旅シリーズで観た地域に根ざした住宅群も素晴らしかったし、金魚鉢を求めて常滑焼の産地を巡った時の風景もまた、印象深いものだった。

そういえば、12月の初旬に見学した三重大学レーモンドホールは記憶に新しい。

三重地域会が主催した建築文化講演2011「アントニン・レーモンドと木造モダニズム」と題した企画展で、レーモンドホールもその時、特別公開されていた。

講演者は三沢浩、松隈洋両氏。

帝国ホテルの設計でフランク・ロイド・ライトとともに来日して、その後日本の建築文化に大きく貢献したアントニン・レーモンドの建築の特徴や、レーモンド事務所で学んだ前川國男、吉村順三氏の建築についての説明もあり、現代の評価軸として「木造モダニズム」の視点でとらえようという意図のように感じた。

アントニン・レーモンドが多用する丸太は、当時、木材としては安価であったことが採用理由の一つと聞いて、時代が建築家に及ぼす影響の強さの視点も重要だと感じた。

レーモンドホールをみた感想は、簡素だが、ル・コルビュジエの建築手法、「ドミノ・システム」を想起させるものだった。東京の国立西洋美術館本館のように。。。円柱とそれから独立した壁、自由な間取り。。。

Img_6928

外観、名建築はプロポーションがいい

Img_6954 独立円柱・連続窓開口

Img_6962 丸太材の多用

今日は、東京で働いている長女も帰省したので、家族そろって自宅での食事会。

明日は、今年行けなかった京都街並み散策のあと、奈良の実家。

最近、実家の近くで(自転車で25分程度かかるのだが)発掘された磐余池遺跡を観るのが楽しみだ。

日頃、仕事ばかりの私のささやかな楽しみ。。。

では、皆様、良いお年をお迎えください。

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皆既月食、久々に観ました

昨日、皆既月食を久々に観ることができた。

風邪が治ったばかりで、深夜の冬の寒さに体調への影響が心配だったが、月を鑑賞しているときは、寒さを忘れるくらい素晴らしい天体ショーだった。

今回は、土曜日の夜、天気も予報では晴れで11年ぶりの好条件らしい、私も今回のチャンスを逃さないよう、忘れないよう早めに自宅に戻っていた。

ところが、名古屋の北区周辺は、月食が始まる直前になっても雲で覆われ、時折り月が申し訳なさそうに顔を出す程度だった。しかたなく時折り映るテレビの皆既月食の映像を見ていた。

そのうち、いてもたってもおれなくなり、郵便物を出すついでに外に出てみた。

出てみると、少し前まで空を覆っていた雲はほとんど消え去り、赤黒い皆既月食の月が幻想的世界を醸し出していた。

ふとその時、出来るだけ暗い場所で、周辺に建物もないところで、この幻想的天体ショーを鑑賞したい思いに駆られた。

名古屋北区周辺で、比較的暗い場所で、周辺に建物もないところというと。。。。。名城公園?が脳裏に浮かび車に乗って飛び出した。

公園についたが、外灯が所狭しとあり、「防犯上仕方ないか(^^;」、「節電もいいことだ、都会の夜は明る過ぎる。。。」などなどつぶやきながら、外灯の少ないところを捜して、頭上の皆既月食を堪能した。

次の機会が有るとすれば、郊外のあるいは里山の比較的暗い場所で、周辺に建物もないところで、天の川を観ながら鑑賞したいものだ。

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赤黒い皆既月食の月が幻想的、三脚もなく、簡易なデジカメなので撮影は難しかった

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皆既食が終わり、部分食が始まったところ、簡易なデジカメだと、このタイミングが一番撮りやすかった

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事務所ビルは大規模修繕工事中

私の事務所がはいっているエムズフラッツビルは、目下、大規模修繕工事中である。今年10月から始まって、12月初旬完了予定。

ところで、夏ごろ、7,8階にお住まいの大家さんから修繕工事について相談があった。相談の中で、印象的だったのは、竣工当初からビルの外壁は、タイルとコンクリート打ち放しの外観が特徴的だったのだが、今回は暗い感じの打ち放しはやめて(どうも、大家さんが、以前、乗ったタクシードライバーに、そう言われて気にしている様子だった)となりのマンションのように明るく塗り替えようと考えているとのことだった。

正直、少し、ドキッとした。というのも、私は仕事柄、外壁、コンクリート打ち放しの建物が、となりのマンションのようにペンキで色付けされて、ものとしての素材感と存在感をなくしていく例をいくつかみてきているからだ。

一部は、それなりに生まれ変わってよかった的感じのものもあったが、ほとんどが陳腐な感じになってしまっていた。

もともと、外壁をコンクリート打ち放しでデザインする時は、それにあったように設計するから、ペンキで色付けしてしまうと、外観に生気がなくなったように感じる例が多い。

大家さんには、自分が、外壁のタイルとコンクリート打ち放しの外観が特徴的なのが好きで、このビルに入居していることや、となりのマンションのような塗料を使うと、コンクリート打ち放しの表情が消えて、このビルの外観のよさがなくなってしまうことを話し、コンクリート打ち放しの外壁の改修に適した塗料やメーカーを紹介、一度、外壁に試し塗りをすることをお勧めした。

その時は、今回の大規模修繕工事の段取りは、大家さんの娘婿夫婦に任せているが再考します、とのことだった。

11月7日現在、外壁部の塗装が終わった。どうやら、コンクリート打ち放しの表情は残ったようだ。

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当方の事務所が入居しているエムズフラッツビルは大規模修繕工事中

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修繕工事スケジュールは、掲示板にて

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徒然なるままに

ずいぶんプログをさぼってしまった。他ごとで多忙だったのだが、徒然なるままにつぶやく程度ならプログも気楽に毎日更新となるが、建築びとのブログらしくという気持ちもあるので、随意に不定期に更新となるのだ。今日は、徒然なるままにつぶやくことにしよう。

先回のブログ以降、台風15号が襲来し、事務所のある北区付近も避難勧告がでた。風よりも雨台風だったが、台風襲来の9/20は、建物の外でも耐震調査をしていたので台風の脅威を直接感じた。自然は時にやさしく、時に厳しい。

9/18は、愛知建築士会創立60周年記念講演会が、名古屋市中区役所ホールで行われた。私は講演会の準備部会委員のメンバーとして当日は裏方で動き回っていた。

舞台裏にもいたので、来賓の大村愛知県知事や講師の井沢元彦、糟谷護氏も身近に拝見することができた。

大村愛知県知事の来賓あいさつは、さすがに簡潔で立派なものだった。

講師の井沢元彦氏の「歴史に学ぶ郷土の再生」の話のなかで、出雲大社の話と聖徳太子の話が興味深かった。

糟谷護氏からは、実は造園の話を期待していたのだが、落語を堪能できたのはよかった。

Img_8541 大村愛知県知事の来賓挨拶

Img_8574 井沢元彦氏、出雲大社の話

Img_8555 糟谷護氏の落語

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台風12号の被害甚大、またも、自然の脅威・畏怖を感ぜざるおえない

のろのろ台風12号も、やっと去って名古屋の今日は快晴であった。

気温も下がって、秋の気配である。

それしても台風の動きは遅く、名古屋は直撃をまぬかれたものの、二晩にわたって雨風強く吹きすさび、自然の雄たけびが鳴り響いた。

私の事務所近くの黒川・御用水跡街園の桜並木も、ざっと観たところ、大木が2本倒れていた。通行人が通る散歩道側でなく、黒川側に倒れていたのが不幸中の幸いだったと思う。

小事だが、大切に育てている事務所の朝顔もかなりダメージが大きかった。とはいえ、何故か、今まで、アサガオの開花が一つ、二つだったのが、急に昨日から毎日、10ケづつほど咲き乱れている。

自然の猛威で、子孫を残すことに目覚めたのであろうか。

名古屋はともかく、和歌山、奈良、三重などの地域の被害は甚大だ。

奈良の実家の方は無事だったが、テレビニュースで流れる和歌山、奈良方面の被害の映像をみると、さすがに心が痛む。亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げます。

自然の猛威に遭遇するたびに、人間の存在は小さく、人間は自然の一部にすぎないと感じ、妙な虚無感に陥ってしまう。

人類の叡智も大切だが、自然と謙虚に向き合い、共に生きようとする姿勢も大切なのだろう。

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9/2深夜、黒川、志賀橋付近、雨風強し

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黒川・御用水跡街園の桜並木も、ざっと観たところ、大木が2本倒れていた

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尾張津島天王祭り2011

今日も暑い日が続くが、事務所のバルコニーのアサガオは、水やりをかかしていないので、いたって元気に上へ上へと延びる。こちらが励まされているようで痛快だ。

先日、数年ぶりに日本の三大川祭の1つ、室町時代から続いているといわる尾張津島天王祭りに妻と出かけた。

津島南小学校の駐車場に止めて、宵祭りがおこなわれている天王川公園に着いた午後8時ごろには、近くで花火が上がり、まきわら船が出るのを待ちわびる観客で、通路は、人の頭こそ見えるが地面は見えないほど、人で混雑していた。

取り合えず、船が出るまで、津島神社近くにある「タコ秀」で、たこ焼きを買うことした。

平日でも、人の列ができるほどなので、急いで行ってみると予想していた通り、長蛇の列であった。頭上にあがる花火を観ながら待つことにした。

そのあと、午後9時頃から、その昔、織田信長も見物したであろう、500個以上の提灯を掲げた5隻のまきわら船が、ゆらゆらと天王川を漕ぎわたっていく姿を観ることができた。

天王祭りの時は、雨が降ることが多いのだが、今年は晴天で涼しくラッキーであった。

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5隻のまきわら船が、ゆらゆらと天王川を漕ぎわたっていく姿は圧巻だ

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「タコ秀」は、相変わらず盛況だった

Img_6106 人も多く、賑やかな祭りだった

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66回目の広島原爆の日に想う

今日は(といっても夜の0時すぎの更新なので、7日なのだが)、66回目の広島原爆の日、今日も暑い日であった。

この時期になると、ふと、亡き父やおじさんから聞いた戦争の話しを思い出す。

今は亡き、周一おじさんから聞いた戦艦大和での戦いの話しも、今も鮮明に覚えている。

18年くらい前に、父が亡くなって、周一おじさんらと父のかたわらで夜伽をしているときに、いつも聞こうと思って聞けなかった、戦艦大和での最後の戦いのことを話題にしてみた。

その時、おじさんは多くを語らなかったが、機関銃の部門の担当で、機関銃を打ち続けると熱くて触れなくなるほどだったことや、恐怖の中、部下を鞭打ってでも、修羅場のなかで戦い抜いたこと、生き残ったのは、偶然、運としかいいようがないとの内容だったと記憶している。

現在の平和に感謝しつつも、世界が平和であってほしいことを祈る。。。

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リフォームは外科手術に似て名医の腕によるところが大きい

耐震リフォームも兼ねて、住宅の劣化や生活改善リフォーム工事の現場が進行中なのだが、解体してみると、意外な軸組みになってたり、白蟻による被害や、以前のリフォーム工事で、大切な柱がいとも簡単に切断されていたりする。

そのたびに、設計監理者として、迅速手早い判断が求められるわけだが、どの程度修繕するかも重要な判断となる。

極論すれば、全部壊してやり替えれば、それに越したことはないが、施主としてお金のかかる新築ではなく、リフォームを選択されているわけで、コストパフォーマンスも大切なポイントとなる。

そのあたりは、以前ブログで書いたが、外科手術をして、開腹してみて、どう対応するかの的確な判断も建築家として重要なのだ。工務店の監督、大工にも相談して、施主にはインフォームドコンセントをして。。。

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白蟻被害の柱を根継ぎと添え柱で補強

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住まいとしてのインテリアも考えて(まだ工事中)

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雨漏りし傷んでいる瓦屋根は、耐震上有利な軽量化した屋根材で葺き替えて、施主にはインフォームドコンセントをして。。。

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解体して傷んでいることが判明したケラバは。。。迅速に充分検討して対応。。。

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馬籠宿の流しそうめん

プログもかなりご無沙汰だった。夏バテのせいもあるかもしれない。

先日、7/17に一年ぶりに、避暑と癒しを求めて(とはいえ日帰りだが)馬籠に行ってきた。藤村記念館もある坂道の遊歩道は、心和ませてくれるものがあるからだ。たいてい妻と一緒にいくことにしている。

今回は、去年につづいて流しそうめんのイベント参加も兼ねている。

昼過ぎに馬籠宿に着いて、妻籠宿方面に中山道を少し散歩して、引き返して、夕方からの流しそうめんのイベントに参加した。

100メートルの流しそうめんも格別だが、夜のとばりがおりるころ、、地元の人や観光客も参加して、和気あいあいの雰囲気は、都会にない新鮮さを感じさせる。どこか私の故郷に近い雰囲気なのだ。

石畳、白熱灯の優しく暖かい光、どかからともなく吹いてくる涼風、やすらぎの時に感謝、感謝。。。

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馬籠宿から妻籠宿方面に中山道を少し散歩

Img_6066 流しそうめんの始まり

Img_6068 心安らぐ光と夕闇

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